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高校生の自己肯定感が向上する「地域みらい留学」という選択肢

執筆者の写真: 大川彰一大川彰一

更新日:7 日前

東洋経済オンライン取材記事 - ノーカット完全版 - *本ブログでは東洋経済オンラインの記事では誌面の都合上、掲載できなかったトピックも含めた完全版として作成しています。

瀬戸内海の風景(写真:Kazuhiro Sorioka)
瀬戸内海の風景(写真:Kazuhiro Sorioka)

瀬戸内海の離島が教育の島として注目される理由


自分の子供にどのような教育を施すかを考える中で「留学」という選択肢を検討する親が増えています。英語圏の留学フェアには親子での来場が増加しており、ジュニア(高校生以下)を対象にした留学イベントも人気があります。その中での最大のテーマは、いつどこに留学させるかということです。

 

筆者は海外留学に関わる仕事をしているのですが、都会に暮らす10代の学生が高校時代の3年間を地方の特色ある高校で過ごす「地域みらい留学」という国内留学の制度があるというのを聞いて興味を持ちました。海外留学の場合は、英語力の向上や異文化理解、コミュニケーション能力の向上、自分を知ることができるなどの効果があります。国内での「地域みらい留学」の場合はどうなのか、実際に見てみたいと思ったのです。

 

地域みらい留学とは

一般財団法人 地域・教育魅力化プラットフォームによると、「地域みらい留学は、130校を超える日本各地にある魅力的な公立高校の中から、住んでいる都道府県の枠を超えて、自分の興味関心にあった高校を選択し、高校3年間をその地域で過ごす国内進学プログラム」。海外留学が近年、より短期(1ヶ月未満)にシフトしている中で、3年間という留学期間は海外留学と比較すると長い印象があり、その実情についても知りたいポイントの一つです。

 

地域・教育魅力化プラットフォームの担当者に紹介してもらい、東京で開催された地域みらい留学合同説明会に参加しました。仕事柄、留学フェアのようなイベントには多く参加しているのですが、全く想像していなかった世界で驚きました。


合同説明会の様子(写真:大崎海星高等学校) 
合同説明会の様子(写真:大崎海星高等学校) 

メイン会場に入ると、各学校ののぼりが立ち並び、まるでこれから漁に出る港のような活気があります。もちろんそれは漁船ではなく、実際は全国各地の高校のブースがびっしりと並んでいたのです。会場は今後の進路を考えている親子が多く参加していたのですが、学校のブースで説明をしているのは学校の職員ぽくない人ばかり。中には高校生がプレゼンテーションをしているブースも見られました。実際に数校からお話を聞いたのですが、地域とのつながりを重視し、生徒が主体性を持って学べる工夫があったり独自の魅力を全面に出した学校が参加していました。

特にその中でも一際興味を惹かれた広島県立大崎海星高等学校を後日訪問することにしました。

 

「教育の島」大崎上島町へ

東京から飛行機、レンタカー、フェリーを乗り継いで約3時間半。瀬戸内海に浮かぶ離島、大崎上島に到着しました。総人口は7158人(総務省「国勢調査」令和2年)。眼前には瀬戸内海の絶景が広がり、島には自然豊かな長閑な風景が広がっています。主要産業としては、柑橘系やブルーベリーの栽培があるのですが、フェリーから車で降りると港の近くに造船所が視界に入り、この島の主要な産業であることが伺えます。聞けば、中世の頃は海賊の島として知られ、昭和の中頃まで木造船の製造で栄えた町だといいます。

 

大崎海星高等学校は全校生徒数が93名のアットホームな公立の高校。校舎の入り口付近には、地域に伝わる木造の手漕ぎ船「櫂伝馬(かいでんま)」が設置されていて、まさに海賊時代からの歴史を垣間見ることができます。


大崎海星高等学校(写真:筆者撮影)
大崎海星高等学校(写真:筆者撮影)

前田秀幸校長によると、この高校の教育における最大の特徴は3つあり、それは「大崎上島学」の実施、公営塾「神峰学舎」の開設、教育寮「コンパス」の開設だと言います。

これらは元々、地域みらい留学の取り組みがスタートする前に、2014年2月に広島県教育委員会の発表した基本計画により統廃合の危機に立たされたことがきっかけに大崎海星高校魅力化プロジェクトが発足。3年間で結果を出さなくてはいけない待ったなしの状況の中で生まれたプロジェクトだったのです。

 

大崎上島学とは

3つの中でもユニークなのが、「大崎上島学」です。簡潔に申し上げると高校3年間での改題解決型のキャリア教育の名称です。島の伝統文化や地域の取り組みなど、島の全てを題材としたダイナミックな設計になっていて、各学年で次の内容を学んでいきます。

 

大崎上島学(以下ホームページより)

1年生 羅針盤学―自らの価値観や信念、特徴を知り、方向性や志を立てるー自分の得意や自分のプロジェクトを持ち、将来の夢を実現性のあるものに導くー

2年生 潮目学― 現実の世界を知り時代の潮流を読むー世の中の変化を正しく理解し、時代に合った技術の活かし方を知るー

3年生 航海学 ―志と夢を実現させるためのリーダーシップとスキルを学ぶープレゼンテーション、ファシリテーション、チームビルディングを学ぶー

 

ふだん学生と接する中で、日本の高校生や大学生は海外の学生と比べて、将来何がしたいと具体的なキャリア像を持っている人は少ないと感じています。そういう意味でも高校1年生の際に「自分とは何か」と問いを立てることは、その後の進路やキャリアを決める上で効果があると筆者は感じます。大学生になり就活のタイミングで自分探しをしても遅いのです。

その次の2年生での潮目学は知的資本をインプットするための学習期間と考えられますが、3年生の航海学という成果発表を最大化するための計画的な流れで構成されていると思います。実際に3年生のクラスを見学した際には、地域の食について熱弁する学生がいたり、伸び伸びと前のめりで課題に取り組んでいる姿が印象的でした。

 

特徴の2つ目、公営塾「神峰学舎(かんのみねがくしゃ)」は、生徒が自律した学習者となることをサポートする校内に設置された個別学習の場所で、「夢★ラボ」というキャリア教育の特別講座も定期的に開催されるということです。


授業風景(写真:筆者撮影)
授業風景(写真:筆者撮影)

最後に教育寮「コンパス」には、自治体の運営のもと1学年10人、3学年で約30人を収容、ハウスマスターがここで滞在する学生のサポートを担当しているそうです。地域みらい留学の学生もこの施設に滞在しながら共同生活のもと、学校に通っています。

 

地域みらい留学がスタート

その後、生徒数を底上げする目的で、全国からの学生を募集する地域みらい留学の受け入れもスタートするようになるのですが、その募集方法もこの学校らしさが表れています。生徒が学校の魅力を説明する部活「魅力郵便局」を設立し、生徒募集を生徒自身に任せることにしたのです。東京の説明会会場に同校生徒約10名が等身大の経験をプレゼンすることで、来場した親は自分の子供の数年後をイメージしやすくなる効果を生み、評判となっていったそうです。

 

同校の兼田侑也先生は言います。

「広報(説明会に参加)することで生徒は、生徒同士で切磋琢磨し、プレゼンのフィードバックをその場で感じることができ、彼らの自信にもつながっていきました。」

結果としてブースの来場者も増加し、学生の成長にもつながる好循環が生まれているようです。また先生よると、現在は学生数の3分の1くらいが地域みらい留学の学生で占められるようになっていて、新入生は先輩のプレゼンに憧れて入学しているため、ある程度自発的にプレゼンができる状態の生徒も多いということでした。

 

同校の生徒の特徴として、成果発表会でも物怖じせずにプレゼンテーションをしたり、地域の住民の方へのインタビューも積極的に話したり、自己肯定感が高い印象があります。実際のところはどうなのか、また留学と同様にホームシックや適合期の実情はどうなのか、生徒2名にインタビューしました。

 

実際に参加中の生徒はどう思っているのか

インタビューしたのは高校3年生のK さんとAさんの2名の女子学生。

参加の動機については、Kさんの場合、中学校の際に最後の1年間不登校になり、高校は3年間通える本当に行きたい学校を調べていました。その際たまたまテレビの番組に出ていたこの高校について母親から教えてもらい、実際に見学のため来島。ここだ!と思って決断したということでした。

「実際に来てみると、島の人が頼んでもないのに何かやってくれたりとか、高校生とか大人に関わらず、さまざまな方が挑戦されているという面においてもここは私にとってぴったりな場所だなと思って受験を決めました。」

 

一方Aさんの方は、全く別の動機があったと言います。彼女には都会の進学校に通う兄がいて決められたレールに自分もいることに違和感を感じていたようです。

「中学2年生とかになって内進点からここら辺のエリアから選ぼうねとか指導とかを受けてる時に急になんか私、何の物差しの中で生きてるんだろうなって思ってしまって。なんかまた、この物差しだけじゃなくて、違うもので私を測ってくれる場所があったらいいなって思って。」

地域みらい留学の制度自体が好きになり、パンフレットを見て直感で決めたそうです。

 

島に来て印象的だったことは、「人」だとAさんは言います。

「本当に魅力は人だなっていうふうに思って。例えば、こうやって高校生が地域で何かしたいなって思って入ってきたっていう視点から言えば、この街は本当に伴奏者というか、一緒にやるよって言ってくださる方が本当に多い。」

 

Kさんも応援者の存在が大きいと言います。

「地域の場を作られている、挑戦されている方たちのところに行って、普段会った人とおしゃべりするっていうのが日常になるので、そこで初めて会う人とおしゃべりしたりとか、そこでおなじみの顔だったりとか、そういう人には自分こういうこと興味あってっていうのを言いやすい環境だし、やっぱスタートも始めやすいし、その先も応援してくれる人たちがたくさんいたりとかしてっていう環境があります」

 

二人にインタビューして感じたのは、応援者が多いというのは、ひょっとしたらここの生徒が臆せず発言できる一つの答えなのではないかということです。

 

参加してどのような変化があったのかという質問に関しては、Aさんは

「3年生になって思うのは、なんだろう、自分を大切にできるようになったというか、自分が今しんどいなって思ったら、うまく適当をできるようになったというか。余裕を持てるようになったという点では、めちゃめちゃ強くなったかなって思います。」

 

親元を離れての寮生活と島親制度

地域みらい留学の生徒は、寮に滞在をしながら共同生活のもと学校に通っています。大崎海星高等学校の場合は前述の教育寮「コンパス」があります。この寮は自治体の運営のもと1学年10人、3学年で約30人を収容し、ハウスマスターというお兄さんお姉さん的な大人がサポート、寮生1人につき「島親さん」がつく制度を導入しています。

 

ある島親の方(女性・70代)と島のカフェで対話する機会があったのですが、そのお話の中からこの島の本当の魅力が理解できた気がします。まとめると以下のような点です。

・地域の学校を応援したいというマインドがある

・生徒には安易に回答を言わず、暖かく見守るスタンス

・生徒が何かに挑戦しようとする際には、「やりなよ!」と後押しし、全面的に応援する

・地場産業が安定しているため経済的に余裕がある人が多い

 

特に生徒にとっては、親代わりであると同時に地域の応援団的な存在となっていて、これはある意味、海外留学におけるホストファミリー以上の存在と言えるかもしれません。特に近年は昔のようなボランティア精神を持ったホストファミリーは少なくなってきているため、島親は貴重な存在と言えるでしょう。

 

大崎海星高等学校では、キャリア教育の一環として「島の仕事図鑑」があります。これも地域と連携しながら職業観を育むことのできる興味深いプロジェクトです。

 

島の仕事図鑑というキャリア教育

大崎海星高校魅力化プロジェクトの中でのユニークな取り組みが、「島の仕事図鑑」という取り組みです。


島の仕事図鑑(写真:筆者撮影)
島の仕事図鑑(写真:筆者撮影)

産学連携のキャリア教育として、高校生が主体となって島の産業や仕事について職業人へのインタビューや写真撮影、冊子づくりから学んでいきます。このキャリア教育からの生徒自身の成長だけでなく、地域の住民との交流や連携によって産学の垣根がなくなっていき、結果的に生徒の自己肯定感の向上につながるという好循環を生み出しています。

冊子のテーマとしてはこれまでに、造船海運、農業、域福祉、学びの島、継ぎてなど第10弾まであり、この取り組みがモデルとなり他府県にも広がりをみせています。

 

魅力化推進コーディネーターの円光歩氏は次のように言います。

「島の仕事図鑑は、高校生が地域や社会とつなり学びを深めるきっかけになる取り組みでした。生徒にとっては、島で働く魅力的な大人たちにインタビューすることは、働く意義や仕事の魅力を学ぶ一面と島という地域が持つ魅力に出会うというキャリア教育であり、高校生たちにとっては視野を広げる良い機会となっています。また、インタビューに協力してくれる地域住民の方たちにとっても若い世代へ仕事を語り、島での暮らしを語ることは新しい未来を共に描くきっかけとなり、新たなつながりを生み出していくきっかけになっています。」

 

今回の訪問から地域みらい留学について感じたこと

今回、大崎海星高等学校を訪問し、関係者へのインタビューを通して感じたことは、一つのプロジェクトとして学校、生徒、地域、自治体がまとまりを見せていること。特に学校と地域との繋がりが強く、ここには魅力化推進コーディネーターの繋ぎ役としての役割が大きいのではないかと考えます。学校で学び地域でアウトプットする、その経験が生徒の自己肯定感を向上させ、可能性を開花させるという流れができていると感じました。

 

海外留学の場合は、完全アウェイな環境に身を置くことでコミュニケーション能力の向上や、よりタフな自分自身を作り上げる効果があります。今回の国内留学の事例では、地域の応援者が多い環境に身を置くことで失敗を恐れず一歩を踏み出すことにつながっている点が、海外留学とはまた違った効果があることが分かりました。心理的安全性の高い地方で挑戦する練習ができること、その小さな経験を積み重ねられるように大人が伴走する。地域みらい留学からはそんな大人たちの地域や次世代への思いを感じることができました。

 

留学ソムリエ 大川彰一


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